宇那禰神社

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概要・歴史・観光・見所
宇那禰神社(仙台市)概要: 宇那禰神社の宮城県仙台市青葉区芋沢明神に鎮座している神社です。宇那禰神社の創建は不詳ですが、当社には福徳元年(1490)、天文5年(1536)、永禄5年(1562)、天保2年(1645)、元禄5年(1692)、享保15年(1730)の6枚の棟札が残されている事から少なくとも室町時代中期には存在していたと思われます。軒札や「安永風土記―芋沢村御用書出」、「宮城県神社明細帳」などから推察すると福徳元年(延徳2年:1490年)に藤原朝臣長沼伊勢守政継、天文5年(1536)に藤原朝臣長沼式部少輔宗次、永禄5年(1562)に藤原朝臣長沼郷六大膳宗家が社殿を造営したとされる事から長く当地を支配した国分氏の重臣郷六氏と深い関わりがあった事が窺えます。

社号の「宇那禰」から何とも曰く付きの神社のような印象を受けますが、当社の由来は判りませんが、同音の「宇那根」は用水路の根元を意味する事から用水の守護神、又は洪水鎮護の神として祭られている例が見られ、何れにしても水神だったようです。鎌倉時代後期から室町時代初期に描かれたと推定されている「中尊寺領骨寺村」の絵図でも「宇那根社」が見られ、岩手県や宮城県では「ウンナン」を鰻として神格化する民間信仰が存在したようです。確かに、旧境内地である郷六は広瀬川とその支流に囲われている事から、ウナネ神(水神)が祭るには相応しい土地だったかも知れません。一般的には宇那禰神社は長沼氏、又は郷六氏の氏神として創建されたように考えらているようですが、個人的にはウナネ神が元々地元神として祭られていた可能性もあると思います。

長沼氏は平将門の乱を平定した藤原秀郷の後裔の一族とされる小山政光の2男宗政が下野国芳賀郡長沼(現在の栃木県真岡市長沼)に配され「長沼」姓を名乗たのが始まりですが、その一族が当地に下向した時期は不明。一説には長沼氏が没落した国分氏の名跡を継いだとも、国分氏の婿養子に入ったとも云われていますが、同時期の客観的な資料はありません。しかし、宇那禰神社の棟札には度々長沼姓が見られる事からも少なくとも室町時代には当地に土着していた事が窺えます。郷六氏は長沼氏や国分氏から派生したと推定され、戦国時代には国分氏の家臣として名を連ね、居城である郷六城の隣地には宇那禰神社の旧地があり棟札にも名が連ねている事からも深い関係にありました。

宇那禰神社は当初、郷六(地名)に鎮座し、何度か郷六氏が社殿の建替えや改修していましたが、安土桃山時代に郷六氏の主家である国分氏が没落すると、姓を「森田」に改め伊達家の家臣となり江戸時代に入ると愛子周辺の領地が与えられ慶長14年(1609)に宇那禰神社も現在地(芋沢)に遷座しています。古くから神仏習合し別当寺院として本山派修験光徳山寿命院が祭祀を司ってきましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色は一掃され明治5年(1872)に村社に列しています。

現在の宇那禰神社本殿は建築技法から江戸初期から中期にかけて造営されたと考えられる為、天保2年(1645)か元禄5年(1692)のどちらかと思われる建物で一間社流造、こけら葺、痛みを防ぐ為、覆い屋が掛かっています。宇那禰神社本殿は江戸時代中期の神社本殿建築の遺構として貴重な事から棟札5枚と共に昭和47年(1972)に仙台市指定有形文化財に指定されています。宇那禰神社拝殿は木造平屋建て、鉄板葺き、平入、桁行3間、外壁は真壁造板張り。

宇那禰神社の境内は神域の為古木大木が多く、特に「宇那明神の杉」は推定樹齢370年、樹高28.0m、幹周4.4mと推定樹齢300年、樹高29.0m、幹周2.6mと推定樹齢300年、樹高31.6m、幹周3.0mの3本、「宇那禰神社のひのき」は推定樹齢300年、樹高27.0m、幹周2.9mが貴重な事から平成6年(1994)に「杜の都の指定木」に指定されています。宇那禰神社境内には長床(神門:入母屋、鉄板葺き、三間一戸、八脚単層門、外壁は真壁造り板張り)や釣鐘(入母屋、銅板葺き、柱のみの吹き放し)などがあり、神仏混合の名残が見られます。祭神:桓武天皇。

宇那禰神社(本殿・拝殿):写真

宇那禰神社境内正面に設けられた大鳥居と石造社号標と石碑
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宇那禰神社神社山門とその前に生える杉の大木 宇那禰神社参道石畳みから見た拝殿と境内社 宇那禰神社境内に設けられた鐘楼と梵鐘とその脇に生える杉の大木 宇那禰神社本殿と覆い屋と境内社


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