仙台市: 大満寺

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概要・歴史・観光・見所
大満寺(仙台市)概要: 虚空蔵山大満寺は宮城県仙台市太白区向山に境内を構える曹洞宗の寺院で、愛宕神社境内に接し仙台市街地の眺望がとてもいい景勝の地にあります。大満寺の創建は不詳ですが、平安時代後期頃に平泉(現在の岩手県平泉町)に本拠を置いていた奥州藤原氏によって開かれたと伝えられてます。当初は現在の青葉山に境内を構え、中世に入り境内が城塞化し国分氏の居城となると虚空蔵堂に千躯体の仏像が安置されていた事から「千躰城」と呼ばれるようになり、「千代」→「仙台」の地名の由来となっています。江戸時代に入り、伊達政宗によって青葉山に仙台城が築城されると、経ヶ峯の地に境内を遷され、さらに経ヶ峯に伊達政宗の霊廟である瑞鳳殿、墓守寺である瑞鳳寺、2代藩主忠宗の霊廟である感仙殿などの境内が整備されると、大満寺は押し出される形で現在地に遷されています。その関係もあり、大満寺は中興開基を伊達忠宗とし、本堂には忠宗の位牌が安置され寺領36石が安堵されています。山号:虚空蔵山。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦如来、虚空蔵菩薩。

階段を登りつめた場所に朱色で塗られた虚空蔵堂があり、案内板によると「 虚空蔵堂とその別当寺である大満寺は、ともに仙台開府以前から青葉山の地にあり、伊達政宗による仙台城造営の際に経ヶ峯の地に移され、さらに二代藩主伊達忠宗の霊廟、感仙殿の造営に伴い、現在地に移されたことが文献に見られます。現在地に移る9年前の慶安3年(1652)に、虚空蔵堂が経ヶ峯で再興されたとの記録があり、現在の建物の建立はその時、あるいは現在地に移った万治2年(1659)のいずれかと推定されます。桁行、梁間ともに三間の宝形造で、前面に一間の向拝がつき、細部の意匠に禅宗様的手法が濃く、簡素ながら江戸初期の堅実な手法が認められます。また、内部の厨子は本堂より一段と古式で装飾性に富み、桃山様式の色合いが強くみられます。 仙台市教育委員会 」とあります。大満寺虚空蔵堂は江戸時代初期に造営された御堂建築の遺構として貴重な事から昭和62年(1987)に仙台市指定有形文化財(建造物)に指定されています。

又、境内にある梵鐘は仙台藩五代藩主伊達吉村が4代藩主伊達綱村の供養の為に享保5年(1720)鋳造させたもので、当時は伊達家の菩提寺である大年寺にありましたが、明治維新後に伊達家が神葬に転換した事などで大満寺に遷されたと思われます。大満寺梵鐘は青銅製、総長98.5cm、径75.8cm、龍頭高32.0cm、「享保庚子年夏五」と「両足山大年禅寺」の銘、昭和52年(1977)に仙台市指定有形文化財(工芸品)に指定されています。

大満寺:写真

大満寺
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