仙台市: 陸奥国分寺

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概要・歴史・観光・見所
陸奥国分寺(仙台市)概要: 護国山医王院国分寺は宮城県仙台市陸奥国分寺若林区木下に境内を構える真言宗智山派の寺院です。陸奥国分寺は案内板によると「 741年(天平13年)聖武天皇の勅願により全国に建立された中でもわが国最北に位置する国分寺である。これまでの調査結果から講堂・金堂・中門・南大門・七重の塔等が確認され、その規模は方800尺(242.4m)に及ぶと考えられている。奈良・平安時代、中央政府の力が衰えるに伴い徐々に衰退して行った。慶長年間(1596〜1615)仙台藩祖伊達政宗が仙台に居城を構えた折、薬師堂・仁王門等が再興された。」とあります。又、下記の建物以外に境内には白山神社(宮城県指定有形文化財)と準胝観音堂(仙台市登録文化財)、陸奥国分寺旧陸奥国分寺の礎石などがあり境内全域が大変貴重な事から名称「陸奥国分寺跡」として大正11年(1922)に国指定史跡に指定されています。寺宝が多く、上記以外に銅造薬師十二神将像掛額、芭蕉句碑、大淀三千風供養碑が仙台市指定文化財、日光・月光菩薩立像が仙台市登録有形文化財に指定されています。仙台三十三観音霊場第25番札所(札所本尊:准胝観世音菩薩・御詠歌:いさぎよやおきて正しくよしあしを 分けゆく国の道芝のつゆ)。山号:護国山。院号:医王院。寺号:国分寺。宗派:真言宗智山派。本尊:薬師如来。

薬師堂概要: 陸奥国分寺薬師堂は案内板によると「現薬師堂は伊達政宗が陸奥国分寺薬師堂泉州(今の大阪府)の工匠駿河宗次郎を招いて再建したもので、慶長12年(1607)に完成した。柱間五間の素木造りで勾欄付の縁をめぐらし、四面とも桟唐戸と連子窓を設ける。屋根は入母屋造本瓦葺きで向拝をつけ廻縁をまわす。組物、装飾とも極めて簡素であるが素朴な力強さを持ち、同時代の大崎八幡宮の華麗さとは好対照をなすもので共に仙台を代表する桃山建築である。本尊薬師如来像を治める家形厨子は堂内にあり、その周囲には十二神将、毘沙門天、不動明王(以上県指定有形文化財)、日光・月光菩薩を安置する。・・・(後略) 」とあります。陸奥国分寺薬師堂は江戸時代初期に造営された御堂建築の遺構として大変貴重な事から名所「陸奥国分寺薬師堂 附 厨子1基・棟札1枚」として明治36年(1903)に国指定重要文化財に指定されています。

仁王門概要: 陸奥国分寺薬師堂仁王門は案内板によると「1607年(慶長12年)頃に陸奥国分寺跡の南大門の位置に建立されたと思われる。素木造り・3間(5.45m)1戸の八脚門で、両側に仁王像を配している。県指定有形文化財。」とあります。仁王門は入母屋の萱葺屋根、三間一戸、八脚単層門で、左右に安置されている仁王像は運慶が彫刻したと伝わる密迹金剛と那羅延金剛、昭和50年(1975)に宮城県指定文化財(建造物)に指定されています。

鐘楼概要: 陸奥国分寺鐘楼は案内板によると「創建時代は不明だが、慶長年間ないし江戸時代初期を下らないものと考えられる。桁行3間(5.45m)、梁間2間(3.64)、瓦葺(現在は鉄板葺)」とあります。陸奥国分寺鐘楼は江戸時代初期頃に建てられた古建築物として貴重な事から平成7年(1995)に仙台市登録有形文化財に登録されています。

陸奥国分寺:写真

陸奥国分寺
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