毘沙門堂(仙台市)概要: 毘沙門堂がある金光山満福寺は宮城県仙台市若林区荒町に境内を構えている真言宗智山派の寺院です。毘沙門堂に安置されている毘沙門天は奥州藤原氏第3代当主藤原秀衡が安元元年(1175〜1176年)に運慶につくらせたと伝えられています。
伝説によると戦国時代、周辺を統治していた粟野大膳が北目城で立てこもり、伊達政宗が率いる大軍勢の進撃を食い止めていたのは、この毘沙門天の御加護があったからだと云われていました。
政宗はこの話を聞いて、自分も毘沙門天に戦勝祈願し、御堂を建てる約束をすると、その願いが通じたのか、北目城が落城し、約束した通りに御堂を建てる為、毘沙門天を運び出しました。しばらく進むと、政宗は、もし誰かが自分を滅ぼす為、この毘沙門天に願いを賭けるかもしれないと考え、この毘沙門天を放り捨てます。
その後、この毘沙門天を荒川に住んでいる子供達が見つけ、大人達と一緒に拾い上げ御堂を建てました。毘沙門天は子供達の恩を忘れず常に子供達を見守っているといわれています。奥州仙臺七福神。山号:金光山。寺号:満福寺。宗派:真言宗智山派。
毘沙門堂境内にある唐門は案内板によると「毘沙門堂は、寛永20年(1643)の造営とされていますが、唐門の建築年代については、様式手法から江戸時代中期と考えられます。唐門は、一間一戸の本瓦葺の屋根の側面に唐破風をつけた平唐門で、唐破風が正面を向いた向唐門より一般に簡素で、唐門としては一段古い形式です。屋根に鴟尾を載せ、左右に袖塀が付いています。比較的小規模な門ですが、重厚で洗練された意匠をもち、仙台市内に残された平唐門として貴重です。」とあります。
毘沙門堂唐門は江戸時代初期の寺院山門建築の遺構として貴重な事から平成8年(1996)に仙台市登録有形文化財(建造物)に登録されています。毘沙門堂は満福寺の境内にありますが、唐門の前方には大きな鳥居もあり神仏混合の名残も見受けられます。
毘沙門堂:上空画像
【 参考:文献等 】
・ 現地案内板-仙台市教育委員会
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