大崎市松山: 羽黒神社

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概要・歴史・観光・見所
羽黒神社(大崎市)概要: 羽黒神社は宮城県大崎市松山千石松山に鎮座している神社です。羽黒神社の創建は平安時代後期の寛治2年(1088)、後三年合戦(現在の秋田県横手市の金沢柵などで出羽国の豪族清原氏が反乱した戦い)の折、源義家の家臣である鎌倉権五郎景政が一本の杉を植え戦勝祈願すると、見事勝利した事で神意に感謝し出羽三山(山形県鶴岡市)から羽黒大権現の分霊を勧請し堂宇を建立たのが始まりとされます。江戸時代になると、景政が植えた杉(権五郎杉)が大きく成長し、周辺地域で一番の巨木を誇った事などから、周囲からの信仰も厚くなり、松山14ヶ村の総鎮守として崇敬されました。古くから神仏習合してきましたが明治初頭の神仏分離令により仏式が排除され近隣の神明社、八幡社、山神社、諏訪社を合祀して羽黒神社に社号を改めています。

羽黒神社境内には神社山門(長床:入母屋、鉄板葺、三間一戸、八脚単層門)や鐘楼などがあり神仏混合な名残が見られます。拝殿は木造平屋建て、銅板葺き、平入、桁行3間、正面1間向拝、外壁は真壁造り板張り。本殿は一間社入母屋造、銅板葺き、平入。又、拝殿には弘化4年(1847)に茂庭升元(陸奥国志田郡松山領主・上野館の館主)が奉納したという、小野寺鳳谷(江戸時代後期の儒者、元々は茂庭家の家臣でしたが仙台藩校養賢堂指南役に抜擢、仙台藩の軍の近代化に尽力)が書いた絵馬があり昭和54年(1979)に大崎市指定有形文化財に指定されています。祭神:倉稲魂命。

羽黒神社:写真

羽黒神社
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