大崎市松山: 桃源院

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概要・歴史・観光・見所
桃源院(大崎市松山)概要: 桃源院の創建は天文13年(1544)に茂庭良直が開基となって松林寺(山形県米沢市万世町梓山)三世一華宗甫和尚が開山したと言われています。当初は米沢在川井にありましたが、天正19年(1591)の奥州仕置きと「葛西大崎一揆」の不手際により伊達政宗が米沢城72万石から岩出山城58万石に配置替えとなり、慶長8年(1603)に茂庭氏が松山移封するとそれに伴い慶長10年(1605)に桃源院も松山に移ってきます(現在、山形県米沢市川井にも桃源院が存在しています)。松山に移ってきた当初は上野地蔵坂に境内を構えていましたが千石城は山城の為、戦乱の無い時代には重要性が失われ、政務には向かず一国一城令が発令された事もあり、寛永8年(1631)に平地に上野館を築く事になると、桃源院は廃城となった千石城の中腹に地蔵尊と共に移されました。桃源院は同じく上野館の城下町に境内を構えた石雲寺と共に茂庭氏の菩提寺として庇護され、境内には茂庭良元(松山初代)の姉である「月窓妙光大姉」や茂庭定元(松山2代)に娘「辰」の墓碑が建立されています。山門は一間一戸の楼門形式で、入母屋、瓦葺きで規模は小さいながら均整の取れた美しい建物です。宗派:曹洞宗。本尊:聖観世音菩薩。

桃源院:写真

桃源寺
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