塩釜神社
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塩釜神社・観光・歴史・名所
塩釜神社概要:
塩釜神社
は案内板の由緒書きによると「
塩釜神社
は、一森山と名付けられる海抜57メートル、総面積27ヘクタールの小山に鎮座している。神社の創祀については古く、明証される記録の弘仁・主税式(820年)後に延喜・主税式にもその名がみえ、祭祀料1万束を寄せられたことも記され、国土開発・海上守護・安産守護・武徳の神として全国に知られている。
塩釜神社
は別宮に塩土老翁神・左宮に武甕槌神・右宮に経津主神の御三神をお祀りしている。武甕槌神と経津主神は、武神である。社伝によれば、常陸の国(現・茨城県)下総の国(現・千葉県)よりこの2神を塩土老翁神が案内して、海路をわたってこの地に上陸し、この東北を開発したもので、奥州一宮と尊称されている。
塩土老翁神
は、いまは安産の神として全国に知られている。もともとこの神は、「岐神」の別名があり、海上安全・大漁の神として、漁業従事者の信仰をあつめている。また「しおつちのおじのかみ」とあるように、塩のつくり方を教えた神であると伝えられる。当社は古くから東北鎮護・陸奥国一宮として、朝廷をはじめ庶民の崇敬を集めて今日に至っている。古くは、東北を治めた国司をはじめ平泉の藤原氏・陸奥国の留守職であった伊沢氏等武将・豪族の崇敬も並々ならぬものがあった。殊に伊達氏は慶長五年政宗公が玉造郡
岩出山
から
仙台
に居城を移し、慶長12年6月社殿を造営し奉斎の誠を捧げて以来歴代藩主は社領・太刀・神馬等を寄進し自ら参詣して神前に祈願された。現在の社殿は、第四代藩主伊達綱村公が元禄8年神社御造営の計画をたてて工事に着手し、第五代藩主吉村公の宝永元年(1704年)まで9ヶ年の歳月をかけて竣工されたもので、拝殿の擬宝珠には当時の藩主・普請奉行等関係者の名前が彫り刻まれている。本殿三社とも木造素木流造桧葺、三方に勾欄の縁を巡す。別宮並びに左右宮の拝殿は何れも朱漆入母屋造銅板葺で、宝永以降20年に1度の御屋根葺替の式年遷宮の制度が設けられ現在に至っている。昭和34年本殿・拝殿・唐門・廻廊・
楼門
・石鳥居などが宮城県重要文化財に指定された。 」とあります。 ※ その後、塩釜神社の社殿はそれぞれ国指定重要文化財に格上げされています。
塩釜神社
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