塩釜神社

  宮城県:歴史・観光・見所神社建築>塩釜神社
宮城県国宝
 ・ 大崎八幡宮
 ・ 瑞巌寺
 ・ 
宮城県国指定文化財
 ・ 五大堂
 ・ 陸奥国分寺
 ・ 高蔵寺阿弥陀堂
 ・ 仙台東照宮
 ・ 旧佐藤家住宅
 ・ 洞口家住宅
 ・ 旧中澤家住宅
 ・ 旧登米尋常小学校
 ・ 圓通院霊屋
 ・ 塩釜神社
 ・ 
宮城県史跡・名勝
 ・ 多賀城跡
 ・ 黄金山産金遺跡
 ・ 仙台城跡
 ・ 旧有備館及び庭園
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
塩釜神社・観光・歴史・名所
塩釜神社概要: 塩釜神社の創建は不詳ですが武甕槌命と経津主神が陸奥国を開発した際、先導だった塩土老翁神が当地に製塩の技術を授けた事から住民が感謝して祀るようになったと伝えられています。記録的な初見は嵯峨天皇の御代(西暦809〜823年)の弘仁11年(820)に編纂された「弘仁式・主税式」で「鹽竈神を祭る料壱万束」と記載されている事から少なくとも、平安時代初期には既に「鹽竈神」が祀られ、朝廷にも認識された格式の高い神社だった事が窺え、隣接する塩釜丘陵上には奈良時代後期に朝廷の出先機関である多賀城が築城され、陸奥国府が設置されている事から、関係性が深い存在だったと思われます。延長5年(927)に編纂された「延喜式・主税式」でも同様に祭祀料壱万束の寄進を受けた事が記載、一方、延喜式神名帳には式内社としては記載されていません。延喜式神名帳とは当時の格式の高い神社で官社に指定されたものの一覧表で、塩釜神社には朝廷から壱万束という他の名社とされる神社中でも極めて特別で高額な寄進を受けているにも関わらず、記載されていないのは矛盾とされます。

平安時代後期になると陸奥国は奥州平泉を本拠とした藤原氏の支配下に入り、塩釜神社も庇護になったと思われます。文治5年(1189)、奥州合戦により奥州藤原氏が滅亡すると鎌倉幕府が庇護し、文治6年(1190)には神領の保護を保障、建久4年(1193)には「一宮塩竈社」宛ての文書を発給し、幕府からは陸奥国一宮として格付けされていたようです。その後は陸奥留守職に任じられた伊沢氏やその後裔である留守氏が崇敬庇護し、留守氏の勢力が減退すると、奥州管領となった斯波家や吉良家の庇護を受け、社領の寄進や社殿の造営、鳥居の奉納などが行われました。しかし、その後衰微したようで、室町時代初期に編纂された「諸国一宮神名帳」では陸奥国一宮が塩釜神社だったものの、室町時代後期(16世紀)に編纂された「大日本国一宮記」では都都古和気神社に変更されています(塩釜神社は式外社だったから外されたとも、政治的な判断だったとも?)。

江戸時代に入ると塩釜神社は仙台藩主伊達家によって篤く崇敬庇護され、初代藩主伊達政宗は慶長12年(1607)に社殿を造営し、元和5年(1619)には社領24貫336文を寄進、寛永13年(1636)には2代藩主伊達忠宗が鐘楼を造営、寛文4年(1664)には拝殿、慶安3年(1650)には長床を修復、3代藩主伊達綱宗は寛文3年(1663)に社殿の大改修を行い、4代藩主伊達綱村は元禄8年(1695)に社殿の造営を計画し着手し、5代藩主伊達吉村の代に竣工しています。その後も塩釜神社は社殿の改修、修復、社領の加増が加えられ社運も隆盛し仙台藩では別当寺院である法蓮寺に「一門格」という最高位の格式を与えています。明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色が一掃され(法蓮寺は廃寺)、明治4年(1871)に志波彦神社が国幣中社に列し、明治7年(1874)に志波彦神社が別宮本殿に遷宮された事を受けて塩釜神社が国幣中社に列しました。

祭神:武甕槌命(左宮)、経津主命(右宮)、鹽土老翁神(別宮)

塩釜神社の社殿
 ・ 本宮本殿(鹿嶋社)−宝永元年−三間社流造、素木造檜皮葺−国指定重要文化財
 ・ 本宮本殿(香取社)−宝永元年−三間社流造、素木造檜皮葺−国指定重要文化財
 ・ 拝殿−宝永元年−入母屋、銅板葺、朱漆塗、7×4間−国指定重要文化財
 ・ 回廊−宝永元年−銅板葺、朱塗−国指定重要文化財
 ・ 中門−宝永元年−切妻、銅板葺、四脚門、朱塗−国指定重要文化財
 ・ 随神門−宝永元年−入母屋、銅板葺、三間一戸、八脚楼門−国指定重要文化財
 ・ 別宮本殿−宝永元年−三間社流造、素木造檜皮葺−国指定重要文化財
 ・ 別宮拝殿−宝永元年−入母屋、銅板葺、朱漆塗、5×3間−国指定重要文化財
 ・ 別宮回廊−宝永元年−銅板葺、朱塗−国指定重要文化財

塩釜神社の文化財(社殿以外)
 ・ 太刀 銘 来国光(附:糸巻太刀拵)−鎌倉時代末期−国指定重要文化財
 ・ 太刀 銘 雲生(附:黒漆太刀拵)−鎌倉時代末期−国指定重要文化財
 ・ 鹽竈神社の鹽竈ザクラ−花弁が約40片の大輪の八重ザクラ−国指定天然記念物
 ・ 藻塩焼神事−宮城県指定無形民俗文化財
 ・ 伊達家歴代藩主奉納糸巻太刀三十五振−宮城県指定有形文化財
 ・ カマ神(竈神面:土製5体、木製5体)−江戸時代−宮城県指定有形民俗文化財
 ・ 四口の神釜−鎌倉時代と南北朝時代−塩釜市有形民俗文化財
 ・ 老杉 御神木−推定樹齢600年、樹高約31m−塩釜市指定天然記念物
 ・ 銅鉄合製燈籠 文化燈籠−塩釜市指定有形文化財
 ・ 塩竈神楽−塩釜市無形民俗文化財

塩釜神社
大鳥居
[ 付近地図: 宮城県塩釜市 ]・[ 宮城県: 神社 ]
表坂 随身門 参道 唐門・廻廊
左右宮拝殿 左宮本殿(鹿嶋社) 右宮本殿(香取社) 別宮
宮城県:歴史・観光・見所(ホーム)

 
 ※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「宮城県:歴史・観光・見所」は「宮城県の歴史」、「奥州街道」、「郷土資料辞典−宮城県」、「日本の城下町−東北(二)」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」、「歴史道路報告書」、を参考にさせていただいています。