涌谷町: 妙見宮(神明社)

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概要・歴史・観光・見所
妙見宮(神明社)概要: 妙見宮(神明社)は宮城県遠田郡涌谷町涌谷字日向町に鎮座している神社で、案内板によると「 神明社は明治初年に神仏分離の時、現在の社名に改められたもので、もとは妙見宮と称した。天正19年(1591)亘理元宗が涌谷移封の時、亘理郡亘理町から移したものである。涌谷伊達(亘理)氏の氏神で伊達安芸領内の鎮守社として篤く尊崇され、9月9日の祭礼は涌谷城下最大の祭りであった。現在、長床、拝殿、渡廊、本殿が建つ。長床と拝殿が元禄期の古建築で渡廊と本殿は享和年代のものである。現在の拝殿はもとの妙見宮本殿で、涌谷5代館主伊達宗元の造営、元禄11年(1698)2月落成したものである。大きさ正面3間、側面2間、桁行き15.55尺、梁間13.1尺、正面中央に1間の向拝がつく。勾欄は廻縁をめぐって協障子に達し、正面に桟唐戸を開く。屋根は入母屋造り瓦葺(もとはコケラ葺)で破風に懸魚をつけている。室内は床板敷、格天井である。もとは内陣と外陣とに区別し中央に虹梁がかけてある。総じて作風が堅実で蟇股の形、絵様彫刻が整っており、飾金具が豊富に使用され、1部には彩色画が施されているなど元禄時代の特徴がよく具現されている。享和3年(1802)涌谷11代館主伊達村常の時、元禄の本殿を拝殿に直し、本殿を新築し、渡廊をつけ規模を改めた。本殿内にもと神像を奉安した厨子がある。正面が3尺1寸、側面が2尺1寸5分の大きさで総漆塗り月九濯の定紋をつけた精巧なものである。元禄期の社殿の内陣にあったものである。妙見宮の建築は郷土の古文化を伝える貴重な建築で、特に現拝殿と厨子は宮城県内の重要な文化財の1つである。 涌谷町教育委員会 」とあります。

妙見宮の拝殿と厨子は江戸時代中期の社殿建築の遺構として貴重な事から昭和63年(1988)宮城県指定有形文化財に指定されています。本殿は享和3年(1802)頃に造営されたもので、一間社流造、銅板葺、長床は入母屋、鉄板葺、三間一戸、八脚単層門、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ、腰壁は下見板張り、両建物共に昭和47年(1972)に涌谷町指定有形文化財にそれぞれ指定されています。妙見宮は古来は内陣、外陣があり、神像を祀るなど神仏混合の社殿で長床も神社山門と考えると仏式の構成が継承されているのが分かります。明治時代初頭に発令された神仏分離令後に改めて祭神として天照皇大神、天御中主神を勧請し、社号を「神明社」に改め、明治5年(1872)に村社に列しています。

妙見宮(神明社):写真

妙見宮
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