涌谷町: 見龍寺

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概要・歴史・観光・見所
見龍寺(涌谷町)概要: 見龍寺は宮城県遠田郡涌谷町涌谷字龍渕寺に境内を構える臨済宗妙心寺派の寺院で、現在でも江戸時代の涌谷領の領主だった涌谷伊達家の菩提寺として代々の霊屋が残されています。見龍寺は案内板によると「中央正面に四代伊達安芸宗重公及び夫人の霊屋、その後方右より五代宗元公及び夫人、六代村元公の霊屋があり、以下歴代の館主の墓が整然とならんでいる。仙台伊達家の霊屋に比べると館主と夫人の霊屋が並び建っているのが特色である。菩提寺見龍寺本堂に位牌をおく。四代見龍寺霊屋は寛文十三年(1673)の古建築で御門入口の石造五重塔、水盤、盥石とともに宮城県重要文化財(昭和43年12月13日指定)である。見龍院霊屋に「尽忠」の額が揚げられているが仙台藩四代綱村公(亀千代)の筆になるもので、寛文事件の忠臣として讃えたものである。涌谷初代元宗公は田尻町大貫日枝神社二代重宗公及び夫人は下郡山神社、三代定宗公及び夫人は田尻町大貫祇劫寺に墓所がある。 涌谷町 」とあります。

見龍寺の創建は不詳ですが、西渓和尚(神奈川県鎌倉市山ノ内:建長寺二世)により開かれたのが始まりとされます。その後衰微しましたが、天正19年(1591)に伊達家の重臣で亘理氏18代当主亘理重宗が涌谷城に配されると妙心寺(京都府京都市右京区花園妙心寺町)の梁岩和尚を招いて中興開山され寺号が「円同寺」に改められています。寛文11年(1671)、寛文事件(伊達騒動)で仙台藩(藩庁:仙台城)の悪政を正す為に奔走し、原田宗輔(甲斐)に惨殺された涌谷伊達氏2代当主(重宗から4代目)伊達安芸宗重が円同寺に葬られた際、戒名「見龍院徳翁収沢大居士」に因み、寺号を「見龍寺」に改称、以後、涌谷伊達家の菩提寺となり歴代の霊屋(霊廟)や墓碑が建立されました。

見龍院霊屋は伊達安芸宗重の霊廟で、寛文13年(1673)建築、木造平屋建て、宝形造、銅板葺き、桁行3.94m、梁間3.94m、正面1間向拝付き、外壁は真壁造りケヤキ材素木板張り、内部の床は平石敷、宗重像坐像安置、昭和43年(1968)に宮城県指定文化財に指定されています。見龍廟は歴代涌谷伊達家霊屋4棟で構成され、江戸時代の大名クラスの菩提寺境内の遺構として貴重な事から昭和46年(1971)に涌谷町指定文化財(建造物)に指定されています。涌谷伊達家墓石群は見龍廟内にある涌谷伊達氏当主夫人など18基の墓石群で、附りとなった灯籠、香炉、花立等の石造物群と共に平成24年(2012)に涌谷町指定文化財(歴史資料)に指定されています。山号:海雲山。宗派:臨済宗妙心寺派。本尊:如意輪観世音菩薩。

見龍寺:写真

見龍寺
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