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榴岡天満宮概要: 榴岡天満宮は案内板によると「藤原基衡の臣、佐藤小太郎基春が国分荘の領主となったとき、柴田郡川内邑(今の川崎町川内)から小俵邑(今の小田原)玉手崎に遷した神社であったが、慶安三年(1650年)東照宮建立に際してここに遷された。寛文七年(1667年)三代藩主綱宗公が改築したが丹塗りの唐門を残して、漢文七年(1795年)社殿を焼失した。今の社殿はその頃の再建せある。 仙台市 」とあります。榴岡天満宮は伊達家の崇敬社でもあり本殿や拝殿だけでなく山門や神楽殿など多くの建物が造営され「照星閣」と称されていたようです。現存する唐門(神社山門)は向唐門と言われる形式で、銅板葺、一間一戸の建物で、蟇股や組物が凝った造りになっていて全体が朱塗りとなっています。平成7年に仙台市登録文化財に指定されています。又、榴岡天満宮は松尾芭蕉が参拝に訪れており「ここ玉田よこ野つつじが岡はあせび咲くころ也ここに天神の御社など拜て其日はくれぬ」という句を遺しています。
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| 榴岡天満宮 |
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