松島町: 圓通院(三慧殿)

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圓通院概要: 案内板によると「圓通院は、正保2年(1645)に江戸で死去した伊達政宗の嫡孫光宗の廟所で、正保4年(1647)瑞巌寺第100世洞水和尚によって開山されました。本堂は、光宗が江戸の納涼の亭として使用していた建物を海路で運び、この地に移築されたもので、圓通院本堂大悲亭と名づけられています。屋根は寄棟平屋の二間造りで、右室の奥に本尊「聖観世音菩薩坐像」(松島町子弟文化財)を安置しています。像は、檜材寄木造り、漆箔で像高は63pです。境内奥にある光宗の霊廟「三慧殿」は、昭和60年に国重要文化財に指定されています。 松島町教育委員会」とあります。三慧殿は正保3年(1646)に建立された古建築で、現在残る伊達藩の造営した霊廟建築の代表作品で内部に安置される厨子は単なる桃山建築を逸脱し、西洋の意匠を結局的に取り入れたもので支倉常長の影響があったと言われています。山門(松島町指定文化財)は案内板によると「・・・(前略)山門は開山と同時に建てられたと考えられ、茅葺で一間一戸の薬医門です。礎石に立つ角材の本柱の間に控貫と足元貫を通し、柱の上に構架した冠木と直角にその上に渡した腕捶の一軒を支え、腕木には3本とも中央に蓑束を立てて、大棟をうけています。妻飾りに六葉を打った梅鉢懸魚を付けています。反りの優美な軒出の深い屋根と清楚な角材の構成が調和しているのが特徴です。松島町教育委員会」とあります。山門を潜ると「雲外天地の庭」と呼ばれる石庭が広がり、本堂前の庭は伊達江戸藩邸にあった小堀遠州が作庭したものを移設したものと伝わっているそうです。
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圓通院(三慧殿)
圓通院
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