松島町: 観瀾亭

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概要・歴史・観光・見所
観瀾亭(松島町)概要: 観瀾亭は、建築当初は豊臣秀吉が普請した伏見桃山城(京都市伏見区桃山町)にあった茶室だったと言われています。文禄2年(1593)に伊達政宗が豊臣秀吉から譲り受け江戸時代に入り江戸城下に設けられた藩邸として移築、さらに仙台藩2代藩主伊達忠宗が現在地へ移築しています。現在地である松島は日本三景に数えられる景勝地である一方で伊達政宗の菩提寺(位牌寺)である瑞巌寺や、政宗の正室愛姫の菩提寺である陽徳院があるなど伊達家縁の地でもある為、伊達一族や幕府巡見使等の巡視、遊覧の際には宿泊や休息で利用される御仮屋としての機能を有していました。江戸時代には観瀾亭の敷地内に11棟の建物があったとされ、大規模な施設だった事が窺えます。当初は仙台藩主が納涼観月の亭として利用された為、「月見御殿」と称していましたが、5代藩主伊達吉村により「観瀾亭」と名付けられ、藩主など身分の高い人物が利用する御座の間には吉村の筆の「雨奇晴好」の額と共に、7代藩主伊達重村筆の「観瀾」の額も掲げられています。

観瀾亭の建物は木造平屋建て、寄棟こけら葺き、桁行8.5間、梁間5間で、海に面して三方向に縁側を廻し内部は18畳の部屋が2室あり、中でも御座の間には床の間や襖、障子には金箔や極彩色豊かな障壁画が描かれています。障壁画は仙台藩の狩野派絵師である佐久間左京(狩野左京)一派が描いたものと推測され、紙本金地著色檜愼図として床貼付3面・襖貼付6面、紙本金地著色笹図として障子腰貼付12面で構成され、江戸時代初期の金碧障壁画の遺構として大変貴重な事から昭和55年(1980)に国指定重要文化財に指定されています。観瀾亭は安土桃山時代(一説には正保年間:1645〜1648年、又は慶安年間:1648〜1652年の火災で焼失後に再建されたとも。)に建てられた御殿建築の遺構として貴重な事から昭和28年(1951)に宮城県指定重要文化財に指定されています。敷地内にある大欅は推定樹齢800年、樹高35m、幹周7.8m、町内を代表する欅の大木として貴重な事から昭和45年(1970)に松島町指定天然記念物に指定されています。

観瀾亭:写真

観瀾亭
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