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| 毘沙門堂 |
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| [ 付近地図: 宮城県仙台市 ]・[ 仙台市フィールドワーク ]・[ 宮城県:寺院 ] |
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| 毘沙門堂概要: 毘沙門堂に安置されている毘沙門天は藤原氏秀衡が運慶につくらせたと伝えられています。伝説では戦国時代、周辺を統治していた粟野大膳が北目城で立てこもり、伊達政宗の進撃を食い止めていたのは、この毘沙門天の御加護があったからだと云われていました。政宗はこの話を聞いて、自分も毘沙門天に戦勝祈願し、御堂を建てる約束をしたそうです。その願いが通じたのか、北目城が落城し、約束した通りに御堂を建てる為、毘沙門天を運び出しました。しばらく進むと、政宗は、もし誰かが自分を滅ぼす為、この毘沙門天に願いを賭けるかもしれないと考え、この毘沙門天を放り捨てます。その後、この毘沙門天を荒川に住んでいる子供達が見つけ、大人達と一緒に拾い上げ御堂を建てました。毘沙門天は子供達の恩を忘れず常に子供達を見守っているといわれています。境内にある唐門は案内板によると「毘沙門堂は、寛永20年(1643)の造営とされていますが、唐門の建築年代については、様式手法から江戸時代中期と考えられます。唐門は、一間一戸の本瓦葺の屋根の側面に唐破風をつけた平唐門で、唐破風が正面を向いた向唐門より一般に簡素で、唐門としては一段古い形式です。屋根に鴟尾を載せ、左右に袖塀が付いています。比較的小規模な門ですが、重厚で洗練された意匠をもち、仙台市内に残された平唐門として貴重です。」とあります。毘沙門堂は満福寺の境内にありますが、唐門の前方には大きな鳥居もあり神仏混合の名残も見受けられます。
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