仙台市フィールドワーク: 西方寺(定義如来)

  業務内容| 建築コンペ作品| 羽州街道ひとり旅| たった1人の秋田まちづくり委員会| 秋田県の建物と街並み| メール   
 

西方寺(定義如来)
西方寺(定義如来)
[ 付近地図: 宮城県仙台市 ]・[ 仙台市フィールドワーク ]・[ 宮城県:寺院 ]
西方寺(定義如来) 西方寺(定義如来) 西方寺(定義如来) 西方寺(定義如来)
西方寺(定義如来)概要: 西方寺の創建は平家が壇ノ浦の戦いに敗れた平重盛の重臣平貞能が、この地まで落ち延び阿弥陀如来の宝軸を安置した事が始まりとされます。阿弥陀如来の宝軸は中国の欣山寺から平重盛が賜ったとされ、貞能は主の遺言で源氏からこの宝軸を守り通す事を告げられたと言われています。その後、貞能は名前を定義と改め、人里から離れたこの場所で建久9年、享年60歳で波乱の人生に幕を閉じ、いつしか本尊である阿弥陀如来を定義如来と呼ぶようになりました。仁王門は入母屋、瓦葺、三間一戸の楼門形式で昭和6年に建立されたもので、時代背景からか多少バランスが悪いように思いますが、彫刻や組物、唐破風などかなり凝った造りをしています。門を潜ると貞能堂があり、貞能公の遺言通りに墳墓の上に建てられたもので、昭和2年に建替えられています。この建物は旧御廟の鞘堂の意を汲んで、平面的には6角形で正面には唐破風や彫刻が施されています。五重塔は昭和51年に建てられた比較的新しいたてもので高さは約29mあるそうです。西方寺(定義如来)は豊作、大漁、子育て、安産などに御利益があるとして訪れる人が絶えません。

住宅設計
 
 
 宮城県フィールドワークナビ: 
|大崎市:古川| 大崎市:岩出山| 大崎市:松山| 栗原市:築館| 栗原市:金成| 仙台市| 白石市| 角田市| 刈田郡七ヶ宿町| 柴田郡柴田町|
|村田町| 大河原町|登米市|登米町|松島町|丸森町|気仙沼市|岩沼市|石巻市| 亘理町|涌谷町|多賀城市|名取市| トップ|
 
 ※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「宮城県フィールドワーク」は「宮城県の歴史」、「奥州街道」、「郷土資料辞典−宮城県」、「日本の城下町−東北(二)」、「パンフレット」、「案内板」、「関係HP」、「歴史道路報告書」、「秋田の温泉」、「有限会社建築相談センター」、「たった1人の秋田まちづくり委員会」、「秋田羽州街道ひとり旅」、「秋田県の建物と街並み」、「小野小町」、「秋田フィールドワーク」を参考にさせていただいています。