石巻市: 鳥屋神社

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概要・歴史・観光・見所
鳥屋神社(石巻市)概要: 鳥屋神社は宮城県石巻市羽黒町1丁目に鎮座している神社です。案内板によると「鳥屋神社は、「延喜式」に収められている牡鹿郡10座の1社にして、人皇16代仁徳天皇の55年東夷御征討の折、伊勢神宮内宮末社猿田彦大神に御勅願あり、静海心のままに東奥牡鹿の鳥屋岬の津に着船し、官軍数々利有り、因りて此地に創祀されたと伝えられます。羽黒神社は、文治2年奥州太守藤原秀衡公羽州羽黒山より分霊して、鳥屋神社に合祀され、享保9年仙台藩主伊達吉村公金百疋奉献、又嘉永3年10月慶邦公御巡行の際金百疋奉献され、五穀成就御祈願雨乞修法の時には金三百疋奉献ありたる由記載してあります。この様に、両社は往古より皇室の尊崇国守の崇敬頻る厚く、中世以降石巻港開け、千石船多数出入りするに至っては、海上安全の守護神、近世には特に永い歴史と伝統との上から、交通安全の神としても極めて尊崇されております。現在の拝殿は寛延3年の建造、本殿は天皇陛下御在位60年記念事業として、昭和60年改築竣工いたしました。・・・(後略)」とあります。

鳥屋神社の創建は仁徳天皇55年(西暦367年)、当地に東夷東征が行われた際、伊勢神宮(三重県伊勢市)の境内に鎮座する猿田彦大神の導きで無事に進軍出来た事から当地に分霊が勧請されたのが始まりとされます。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に記載された式内社鳥屋神社は当社とされ有力な論社の1つとされます。文治2年(1186)、奥州藤原氏3代の藤原秀衡が出羽三山(山形県鶴岡市)の一角を成す羽黒山の祭神である羽黒大権現の分霊を勧請合祀しています。歴代領主からも崇敬され、江戸時代には仙台藩(宮城県仙台市:本城−仙台城)の5代藩主伊達吉村は享保9年(1724)に金百疋を奉献、13代藩主伊達慶邦は嘉永3年(1850)に百疋を奉献し祈願所として庇護しています。古くから神仏習合し「羽黒権現社」と称していましたが、明治時代の神仏分離令を経て明治7年(1874)に村社に列し、明治40年(1907)に幣帛供進社に指定されています。社宝である鳥屋神社奉納絵馬「奥州石ノ巻図」は文化2年(1805)に石巻村中町惣若者中によって奉納されたもので縦86.3cm、横135.5cm、意匠的に優れ当時の石巻湊の様子が判る歴史的資料としての価値も高い事から昭和63年(1988)に宮城県指定文化財に指定されています。現在の拝殿は寛延3年(1750)に再建されたもので、入母屋、銅板葺、平入、桁行5間、正面1間向拝付。祭神(鳥屋神社):猿田彦神、船御魂神。祭神(羽黒神社):倉稲魂神、大物忌神。

鳥屋神社:写真

鳥屋神社
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