宮城県・役行者:縁の社寺

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神社・寺院:一覧

名 称
場 所
内   容
・良覚院跡・宮城県
・仙台市
・青葉区
・良覚院は鎌倉幕府の御家人で伊達家初代当主である伊達朝宗の帰依を受け、良覚日林によって開かれた修験道本山派の寺院です。以来、伊達家の篤い庇護を受け、本拠の城下町に境内を構え江戸時代初期に伊達政宗が仙台開府と共に宮城県仙台市青葉区片平に寺地を与えられました。明治時代初頭に発令された神仏分離令とその後に吹き荒れた廃仏毀釈運動により廃寺に追い込まれ、その跡地には馬上蠣崎神社が遷座してきました。現在でも馬上蠣崎神社の境内には良覚院時代のものと思われる役行者の石像が建立され当時の名残が見られます。
・刈田嶺神社・宮城県
・蔵王町
・伝承によると白鳳8年(668年又は679年)、役行者が不忘山(現在の蔵王山)に登拝し大和国吉野山から蔵王権現(天之水分・国之水分)の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。一方、他の文献によると役行者の叔父とされる願行によって開かれたという説もあります。江戸時代には仙台城から見て南西方向に位置する事から裏鬼門鎮護として庇護された事で大きく発展しましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令によって、山頂の刈田嶺神社奥宮遠刈田温泉に鎮座する刈田嶺神社里宮、中腹の蔵王寺などに整理されています。
弥勒寺・宮城県
・登米市
・伝承によると白鳳5年(649)に修験道の開祖役小角(役行者)が設けた草庵が始まりとされます。その後、弘法大師空海によって弥勒菩薩が勧請され真言宗の寺院として整備されたそうです。
・保呂羽神社・宮城県
・南三陸町
・伝承によると、文武天皇の大宝年間(701〜703年)に役行者により勧請されたのが始まりと伝えられています。
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※ 「全国の役行者:縁の社寺」は「郷土資料辞典」、「日本の城下町」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。リンクはフリーですが画像や文章等のコピーは行わないでください。