宮城県の温泉街(鳴子・遠刈田・作並)

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宮城県の温泉街

鳴子温泉(奥州三名湯)

鳴子温泉:温泉街・写真
[ 鳴子温泉:温泉街 ]
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鳴子温泉(宮城県大崎市)は、平安時代に朝廷により編纂された「続日本書紀」にも記載された古湯で、古くは玉造郡に属していた事から「玉造の湯」と呼ばれ、平安時代に随筆された清少納言の「枕草子」の「湯は、ななくりの湯、有馬の湯、玉造の湯」と表現された「玉造の湯」とは鳴子温泉であるとの説があります。江戸時代に入り出羽街道の往来が多くなると次第に発展し飯坂温泉(福島県福島市)、秋保温泉(宮城県仙台市)と共に奥州三名湯に数えられるまでになりました。温泉街もそれらしい町並みが残されていますが、やはり大型の旅館やホテルが多くあり、風情という点では次第に失われつつあるようです。源泉が豊富で、白い湯気を立ち込める場面を何度も見る事が出来ます。

遠刈田温泉

遠刈田温泉:温泉街・写真
[ 遠刈田温泉:温泉街 ]
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遠刈田温泉(宮城県蔵王町)は戦国時代末期に岩崎山金山の開発中の発見されたとされる名湯です。産出された金は仙台城の築城の際に大いに利用され、発見された年号に因み「慶長金」と名付けられ仙台藩から重要視されました。岩崎山金山は蔵王山の東山麓にあり、蔵王山の山頂は仙台城から見て南西方向にあたる為、蔵王山は岩崎山金山の守護神、仙台城の裏鬼門鎮護として歴代藩主から篤い帰依を受けました。遠刈田温泉は蔵王山の登拝口にあたり、別当寺院を受け継いだ嶽之坊(後の刈田峰神社里宮)が境内を構えていた為、信仰の拠点として多くの登拝者が温泉を利用して大きく発展しました。温泉街は商店や飲食店などが見られるものの、所謂温泉街の町並みのような印象が薄く、大型の旅館が高台の麓に建てられています。

作並温泉

作並温泉
[ 作並温泉:温泉街 ]
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作並温泉(宮城県仙台市)は、行基菩薩や源頼朝(鎌倉幕府初代将軍)が発見したという開湯伝説が残っています。事実かどうかは不詳ですが江戸時代中期頃まではかなり小規模だったようです。江戸時代後期以降に本格的に整備され、往時は秋保温泉よりも規模が大きく仙台の奥座敷といえば作並温泉の事だったそうです。現在は大型旅館が多く鄙びた温泉街の町並みは見られません。

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