旧木村家住宅(検断屋敷)概要: 木村家は七ヶ所街道の宿場の1つ上戸沢宿の検断役を勤めた家柄です。上戸沢宿は七ヶ所街道の最南端にあたり検断役を中心に足軽などほとんどが、伝馬、輸送の業務に携わる人達で構成されており、20数軒の家屋が軒を連ねていました。
上戸沢宿には本陣はありませんが木村家がそれに順ずる施設として機能しており、関札には大名やその一族が休息に利用していたのがわかります。建物内部にも上役が利用する座敷部を上手の位置に配し、「げんかんまえ」と称する上役専用の玄関も備えられています。
構造は木造平屋建て、寄棟、茅葺、直屋造り、桁行10間半(19.544m)、座敷部梁間5間(9.09m)、居宅部梁間5間半(9.938m)街道側の屋根の納まりが「せがい造り」の工法を採用(旧上戸沢宿の建物のほとんどが街道側を「せがい造り」として統一感をだしていたそうです。
せがい造りとは構造体である梁を外壁外側まで伸ばし、そこに2階の外壁又は屋根の桁を流し支える工法)、江戸時代中期に建てられたと考えられています(仏壇の墨書に享保20年:1735年が記されている事からこの前後に建てられたと思われます)。
内部は向かって右側2間分が「うちにわ」と呼ばれる土間で、中央4.5間分が居住部で「みせ」、「なんど」、「ひらき」、「おかみ」、「だいどころ」が配されました。向かって左側4間分が座敷部で「こうしのま」、「よじょう」、「とこのま」、「げんかんまえ」、「なかのま」がありました。
「とこのま」が本陣でいう上段の間に相当する部屋で身分の高い人物が利用しました。旧木村家住宅(検断屋敷)は江戸時代中期に建てられた数少ない検断屋敷の遺構として貴重な事から平成16年(2004)に宮城県指定有形文化財となっています。
検断屋敷:上空画像
|