斗蔵寺

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概要・歴史・観光・見所
斗蔵寺(角田市)概要: 安狐山斗蔵寺は宮城県角田市小田字斗蔵に境内を構える真言宗智山脈の寺院です。斗蔵寺の創建は平安時代初期の大同2年(807)に坂上田村麻呂(征夷大将軍、鎮守府将軍、陸奥守)が斗蔵山山頂(標高:238m)に観音堂を建立し千手観音を安置した事が始まりと伝えられています。その後、弘法大師空海(真言宗の開祖)が当地を訪れた際、「紫雲天になびき 奥州無二の霊地なり」と語り鎮守社である斗蔵神社を創建し、観音堂の管理寺として斗蔵寺を開山したとも云われています(弘法大師空海では無く慈覚大師円仁という説もあります)。歴代領主からも庇護を受け、江戸時代には角田要害の主となった石川家によって観音堂が再建されています。江戸時代初期の万治年間(1658〜1661年)に火災により堂宇が焼失しましたが、秘仏(本尊)である千手観音像懸仏(二代目?)は焼失を免れ、現在も観音堂に安置されています。斗蔵山は、地元では「おとくらさん」と呼ばれる信仰の山で、かつて修験僧が通っていたとされ現在でも参拝者が絶えないそうです。

斗蔵寺観音堂(本堂)は万治3年(1660)の火災で焼失後、寛文3年(1663)に角田石川氏第4代当主石川宗弘によって再建されたもので、木造平屋建て、宝形造、本瓦葺き、桁行3間、張間3間、正面1間向拝付き、外壁は真壁造り板張り木部朱塗り、向拝木鼻には獅子の彫刻、江戸時代初期の御堂建築の遺構として貴重な事から昭和56年(1981)に角田市指定文化財(建造物)に指定されています。鐘楼は入母屋、銅板葺き、外壁は柱のみの吹き放し。

斗蔵寺本尊である銅造千手観音像懸仏は鎌倉時代後期の延慶3年(1310)に制作されたもので直径48.3cm、中尊観音像の像高26.7cm、背面に「延慶三年五月」の墨書銘、制作年代が明確で意匠的にも優れ貴重な事から昭和39年(1964)に宮城県指定文化財に指定されています。木造千手観音立像は斗蔵寺観音堂が再建された寛文3年(1663)頃に制作されたもので、像高一丈五寸(約315cm)、金箔張、隣には眷属の二十八部衆と雷神、風神が安置、江戸時代初期の大型仏像として貴重な事から平成3年(1992)に角田市指定文化財に指定されています。斗蔵寺の寺宝である鉄鉢は永禄3年(1560)に田手助三郎時実が寄進したものが寛延3年(1750)に盗難にあった為、当時の角田要害主である石川村俊が真鋳したもので、貴重な事から昭和43年(1968)に角田市指定文化財に指定されています。

斗蔵寺境内には斗蔵神社が隣接して建っており神仏混合の形態を今尚継承しています。奥州三十三観音霊場第4番札所(札所本尊:千手千眼観音・御詠歌:あらざらむ つみをとくらの 松風は やよいのきりも はるるやまみち)。伊具三十三観音霊場第4番札所(札所本尊:千手千眼観世音菩薩・御詠歌:身の罪も ここに斗蔵の 山風に 迷いの霧も 今は残らじ)。山号:安狐山。寺号:斗蔵寺。宗派:真言宗智山脈。本尊:千手千眼観世音菩薩。

斗蔵寺の文化財
・ 銅造千手観音像懸仏(工芸)−延慶3年−宮城県指定文化財
・ 木造千手観音立像(彫刻)−角田市指定文化財
・ 観音堂(建造物)−角田市指定文化財
・ 鉄鉢(工芸品)−角田市指定文化財

斗蔵寺:写真

斗蔵寺
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