名取市: 熊野神社本宮社

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概要・歴史・観光・見所
熊野神社本宮社(名取市)概要: 境内にある由緒書を標した石碑によると「当神社は紀州(和歌山県)の熊野本宮大社の大神様の御霊を分けいただいてお祀りしている神社です。社伝によれば熊野信仰の深かった名取老女が紀伊国の熊野三社の分霊を奥州名取の里に勧請したと伝えられている名取の熊野三社(熊野本宮社、熊野新宮社熊野那智神社)の一社であります。初め名取郡長岡三色吉に小祠を建てお祀りされていたが平安時代の天仁年間に熊野坐大神の神勅があり「吾の鎮り坐さん處は紀の国の本宮の如くなる地形の處を探し求めて選び定めよ、永久に国家万人の上に御稜威を垂れなん」とのお詔げがあり、この詔に遵い鎮座地を探し求めて名取郡内の方々を御旅されましたが最終的に、名取川を紀の国の熊野川に見立て社地の前を流れる小川を音無川に象どり熊野坐大神の鎮坐さん處に相応しい社地として小館の地を選び遷座し創建されました。特に鳥羽天皇御宇保安元年(1120)4月8日であった。この小館の地は現社地の二丁程西南の小高い山の峰の台地で地名も彼の大ゆの原に準えて大原と稱していたと伝えられています。この小館の地で538年間鎮座しお祀りされていました。源頼朝公奥州平泉東征の折、熊野坐大神に武運を祈願されて軍に赴き霊験あらたかなる様を覚え文治5年(1189)9月再び詣でて深く謝拝したと言い伝えられている。それ以来、武家諸公の崇敬篤く室町時代の永禄6年(1563)12月、奥州探題伊達晴宗公より熊野本宮本殿屋根葺替並に神輿、神馬、馬具等が奉納されている。この神輿の渡御には伊達家より警護役が付けられ供奉し、熊野堂の人等を始め道筋の村人等によって担ぎ継がれ北釜浜は神幸し潮垢離するのが例であったと言われています。江戸時代の万治元年(1658)に現在の社地に建て替え遷座されました。現本殿は元禄6年(1693)に建て替えられ、長床、鐘楼、神輿殿などの建物が建てられていましたが、昭和8年(1933)に拝殿、社務所、摂社を建設し、昭和58年に本殿を営繕し幣殿、社務所の建替え整備が行われている。御祭神は、熊野櫛御家都御子大神、熊野牟須美大神、熊野速玉之男大神の三柱を主祭神として奉祀し、摂社を会せ14柱の神様がお祀りされています。熊野本宮社 宮司 高橋健次郎 敬伯」とあります。

熊野神社本宮社:写真

熊野神社本宮社
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