西宮神社(大崎市古川)概要: 西宮神社は御由緒によると「 この神社は本来神明社と称して伊勢神宮の遥拝所として陸前七神明の一社に上げられた社であり、後日元和2年古川の街を経営する近江商人等が神戸市の西宮神社より御分霊を奉戴して神明社に合祀し恵美須様、大黒様と称し商売繁盛の守護神とし又稲葉区の鎮守でもあります。拝殿は弘化2年の建造物にして古川城主鈴木和泉守によって造営されたものであり奥院は昭和9年に増築されたものであります。・・・・・・・(後略) 」とあります。
西宮神社も創建は不詳ですが、伊勢神宮(三重県伊勢市)の祭神(天照皇大神)の分霊が勧請されたのが始まりとされます。陸前七神明の1社ととして信仰を集め、元和2年(1616)には西宮神社(兵庫県西宮市)の祭神(えびす神)の分霊が近江商人によって勧請され西宮神社と呼ばれるようになりました。
神戸の西宮神社は「えびす信仰」の本社とされ、特に「えびす神」は七福神の1柱として五穀豊穣・商売繁盛・家内安全に御利益があるとして商人から信仰されました。当時の古川城の城主鈴木和泉守も崇敬庇護し社殿の造営が行われたとされます。
現在の拝殿は弘化2年(1845)に造営されたもので(案内板では古川城の城主鈴木和泉守が造営したとありますが、鈴木家は正保2年:1645年に桃生郡深谷に移封になっている為、社殿が再建された当時は古川城は廃城になっている事から誤りと思われます)、入母屋、鉄板葺、平入、桁行3間、正面1間向拝付、外壁は素木横板張り。祭神:天照皇大神、えびす神(大国主神、事代主神)。
※識者より御指摘がありました。
・弘化元年古川の街で
・鈴木和泉は弘化2年には生存していない、元和6年6月2日に没している。
・元和2年(1616)に古川城の稲荷神明社を分霊し、弘化元年西宮神社(兵庫県西宮市)の祭神(えびす神)の分霊が近江商人によって・・・
・兵庫県西宮神社の分霊とこれまでの稲荷明神を合祀して、弘化元年新たに南町に西宮神社なる。
西宮神社:上空画像
【 参考:文献等 】
・ 現地案内板(由緒)-西宮神社(神明社)
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