川崎町: 上楯城

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概要・歴史・観光・見所
上楯城(川崎町)概要: 上楯城は宮城県柴田郡川崎町支倉舘山に位置し、室町時代後期の天文14年(1545)、支倉常正によって築かれたとされる連郭式の山城です。孫の支倉常長は禄高600石(常長は養子で本家筋も600石を領していた為、支倉家としては1200石)の伊達家中級家臣でしたが、慶長18年(1613)には常長が伊達家の大使に抜擢、欧州に派遣(慶長遣欧使節団)され、洗礼を受けローマでは貴族に列せられたものの、元和6年(1620)に江戸幕府によるキリスト教の禁教令が発令された事を受け、志半ばで帰郷し上楯城で軟禁、2年後に死去しています。

上楯城は館山山頂に築かれた東西300m、南北200mと石高以上の規模を誇り、土塁や空堀、馬場などの軍事施設を備える堅固の城でした。山頂に設けらた本丸を中心に二ノ丸、三ノ丸、馬場を配し、支倉家の菩提寺である円福寺境内も曲輪の1つだったとされ領内と出羽山形を繋ぐ笹谷街道に隣接する拠点として重要視されたと思われます。現在でも上楯城の跡地には郭の形状や、土塁、空堀の遺構が散見されています

上楯城:写真

上楯城
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