宝鏡寺(気仙沼市)概要: 金仙山宝鏡寺は宮城県気仙沼市川原崎に境内を構えている曹洞宗の寺院です。宝鏡寺の創建は鎌倉時代に熊谷直宗が開基となり自らの菩提寺にしたのが始まりとされます。直宗の祖父である熊谷直実は源頼朝の有力家臣の1人として源平の合戦で大功を挙げ御家人となり、直実の子供である直家は奥州藤原氏征伐である奥州合戦で功を挙げ陸奥国本吉郡が与えられています。
直家の3男とされる直宗は当地を与えられ赤岩館(城)を居城として奥州熊谷氏の祖となっています。元中6年(1369)、正法寺(岩手県奥州市水沢区)第三世虎渓良乳和尚が気仙郡矢作村の弥陀ヶ原に小庵を設け、大永4年(1524)に現在に境内を移しています。山号:金仙山。宗派:曹洞宗。
宝鏡寺本堂は江戸時代後期の文化8年(1811)に造営されたもので、重層入母屋造り、銅板葺、平入、桁行13間、梁間11間、正面1間唐破風向拝付、外壁は真壁造り、白漆喰仕上げ。
書院床脇には仙台藩4大画家に数えられた東東洋(仙台藩御用絵師、仙台城の障壁画などを手掛けた)が丹頂鶴2羽を描いた黒漆塗框の引違桐戸が残されており昭和46年(1971)に気仙沼市指定文化財に指定されています。
宝鏡寺の楼門は案内板によると「この楼門は8脚二層で、桁行9.27メートル、梁間5.7メートル、平面は三間一戸の形式である。屋根は入母屋造萱葺、軒は軒支輪をそなえた二軒繁垂木で三手先斗?によって支えられ、上層には床を張り、廻縁、勾欄をつけた重厚な手法で地方的な素朴さがある。規模においては県下随一の大楼門で東北では弘前の長勝寺山門に匹敵するといわれる。宝鏡寺の記録に宝暦年間(1751〜1764年)十八世貴峰聖胤和尚の頃の建物と伝える。 気仙沼教育委員」とあります。
宝鏡寺山門は江戸時代中期に建てられた楼門建築の遺構として貴重な事から昭和48年(1973)に気仙沼市指定文化財に指定されています。
宝鏡寺:上空画像
【 参考:文献等 】
・ ふるさとの文化遺産-郷土資料辞典4[宮城県]-株式会社人文社
・ 現地案内板-気仙沼市教育委員会
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