七ヶ宿町: 東光寺

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概要・歴史・観光・見所
東光寺(七ヶ宿町)概要: 鹿園山東光寺の創建は応永年中(1394頃)に九皐宥鶴和尚が開山したのが始まりとされます。応永12年(1405)伊達政宗(伊達9世)が享年53歳で死去すると戒名「東光寺殿儀山圓孝大居士」が送られ東光寺が菩提寺となりました。嘉吉2年(1442)、政宗の夫人である紀氏(室町幕府3代将軍足利義満夫人の妹)が享年87歳で死去すると戒名「輪王寺殿蘭庭明王大姉」が送られ菩提寺である輪王寺に葬られています。東光寺は政宗が死去したという高畠城(山形県高畠町)の北方(跡地と思われる高畠町大字小時沢には政宗と夫人の墓碑が建立されています)、又は伊達家の本拠にあった伊達郡梁川(現在の福島県伊達市、現在も東光寺が存在し境内には政宗の五輪塔が建立されています)にあり、輪王寺は伊達家の本拠であった伊達郡梁川にありましたが、本拠を米沢城(山形県米沢市)に移すと両寺共に米沢に移り境内が隣り合っていたとされます。

天正19年(1591)に伊達政宗(伊達17世)が奥州仕置きにより岩出山城大崎市岩出山町)に移封されると東光寺は二井宿に移り慶長7年(1602)に現在地(七ヶ宿街道湯原宿)に移されました。江戸時代に入ると仙台藩から庇護され文政5年(1822)には供養料として20石を賜っています。文政10年(1872)と昭和28年(1953)の2度の大火で多くの堂宇や寺宝、記録などが失いましたが山門だけは免れています。山門は江戸時代中期に建てられたもので切妻、茅葺、一間一戸、薬医門形式、平成5年(1993)に七ヶ宿町指定有形文化財に指定されています。本堂には政宗と夫人の位牌が安置され境内には政宗と夫人の墓碑(供養塔?)が建立されています。山号:鹿園山。宗派:曹洞宗。

東光寺:写真

東光寺
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