和我神社

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概要・歴史・観光・見所
和我神社(栗原市)概要: 和我神社は宮城県栗原市築館字萩沢木戸に鎮座している神社で、案内板などなかった為、詳細は分かりませんが、小泊瀬稚鷦鷯命(武烈天皇:第25代天皇・在位:499〜506年)が東北地方に巡幸、それに従った睦氏の後裔である久我氏と和我氏が当地に土着し、天皇が崩御すると久我氏は帝の陵を築き、和我氏は帝の御霊を勧請し祠を設けたと伝えられています。一方、平安時代初期に編纂された「続日本紀」によると、現在の岩手県和賀地方の蝦夷の族長である和我君計安塁が朝廷に反乱を起こした蝦夷を鎮めた旨の記載がある事から、奈良時代から平安時代に和我氏一族が当地を開拓しその産土神として祭ったとも考えられます。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に式内社として記載された和我神社の論社で、これが事実とすると平安時代以前の創建と考えられます。古くから神仏習合し「新山権現」などと呼ばれていましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色が廃され明治8年(1875)に村社に列し、明治40年(1907)に幣帛供進社に指定されています。

現在の和我神社本殿は明治35年(1902)に改築されたもので入母屋、銅板葺、平入、桁行3間、張間2間、正面1間向拝付き、外壁は真壁造り板張り、屋根正面には大きな千鳥破風が付いています。和我神社拝殿は昭和11年(1936)に修築されたもので、木造平屋建て、入母屋、鉄板葺き、平入、桁行4間、張間2間、正面1間向拝付き、外壁は真壁造り板張り。集落の外れの高台に鎮座し、素朴な拝殿に対し、本殿はかなり凝った造りをしています。境内には神楽殿もあり信仰の広がりが見えます。祭神:武烈天皇。

和我神社:社殿・境内・写真

和我神社
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