奥州街道: 吉岡宿

  宮城県:歴史・観光・見所奥州街道(宮城県)>吉岡宿(大和町)

概要・歴史・観光・見所
吉岡宿(大和町)概要: 吉岡宿は元和元年(1615)、伊達政宗の三男伊達宗清が3万8千石で吉岡城(所)を築城、城下町として整備されました。宗清は34歳で死去し天皇寺に葬られると子がいなかった為、寛文2年(1662)から奥山氏、宝暦7年(1757)から但木氏が館主となり領地を統治します。特に幕末の当主となる但木土佐成行は仙台藩の奉行となり、藩政改革のみならず、戊辰戦争での仙台藩の動向に大きな影響を与え、当初は会津藩に謝罪させる事で新政府軍と対峙するのを避けようと画策しましたが奥州鎮撫総督の世良修蔵の強硬姿勢により頓挫し、やむなく奥羽越列藩同盟を結成し戊辰戦争の先端が開かれました。仙台藩の支配体制では「要害」や「所」と呼ばれる他藩では支城や陣屋に相当する館を伊達一族や有力家臣を配し半独立領主として扱っていた事から、吉岡宿は所謂、但木氏の領地(1500石)内で仙台藩自体の直轄地ではありませんでした。その為、吉岡宿は奥州街道の宿場町としても整備され、本陣や伝馬役など置かれる要地となり、奥州街道以外にも出羽街道や松島道、など四方に枝道が広がる交通の要所として多くの物資が集められましたが、仙台藩から直接、伝馬御合力が受け取れず宿場の運営には困難を極め、宿場内の有力豪商が尽力しその任に当たりました(9人の有力商人は千両という大金を8年かけて捻出し、その金を仙台藩に貸付て、帰ってくる利子で宿場の運営をしたとされます)。吉岡宿には伊達宗清縁の天皇寺や吉岡八幡神社があり吉岡城(所)の一部が公園として整備されている他、昭和4年(1929)に建てられた大和町武道館などの見所があります。

吉岡宿
吉岡宿
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