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大雄寺概要: 大雄寺の創建は亘理の初代領主伊達成実が慶長9年(1604)に福島県信夫郡小倉村にあった陽林寺を亘理城下へ移し、雄山寺と称したのが始まりとされ、その後大雄寺と改名し代々の菩提寺としました。元文元年(1736)火災により本堂や山門など焼失し、創建当初建てられた大規模な伽藍は大幅に縮小されたとされます。現在、残っている山門は文政年間(1818〜1830)の建築、三間一戸、入母屋、瓦葺、楼門形式で、意匠的には素朴ですが、風雪に耐えた歴史を感じる事が出来、亘理町指定文化財に指定されています。本堂は明治30年(1897)の改築で、山門とは異なり向拝の千鳥に唐破風や組物、彫刻などを設えた凝った造りになっています。又、境内には代々の亘理伊達家の御霊屋や墓碑があり、三棟の御霊屋は右から成実、実元、実氏と並び、成実の御霊屋は正保3年(1646)に彼の死後まもなく建てられたと推定されています。御霊屋は一間四方の宝形造で、内部に位牌と木造(宮城県指定有形文化財)が安置され、伊達領内に残る江戸時代初期の霊屋建築を知る上で貴重なもので宮城県指定有形文化財に指定されています。実元の御霊屋は成実の父親ですが没後250周忌にあたる天保7年(1836)に建てられました。実氏の御霊屋は亘理伊達家の中興の祖と言われる名君でその偉業から江戸中期に建立されました。両氏の御霊屋は昭和49年に、隣接する亘理歴代領主墓地は昭和54年にそれぞれ亘理町指定文化財に指定されています。
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| 大雄寺 |
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