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佐沼城(鹿ヶ城)概要: 佐沼城の築城当初は記録が不明で良く分かりませんが、中世は大崎氏家臣の石川氏が城主となっています。戦国末期、周辺を支配していた大崎氏、葛西氏の両氏は小田原へ参陣しなかった事から豊臣秀吉の奥州仕置きによって改易させられます。その後支配した木村氏は5千石から30万石へ大幅加増され古川城に入城します。木村氏は小身だった事もあり、領内経営に不備があり大崎氏、葛西氏の残党などが絡み合い大規模な一揆が発生し佐沼城もその戦場となります。一揆は蒲生氏郷、伊達政宗等によって鎮圧されると周辺は伊達家の支配に入ります。佐沼城には伊達家家臣である津田景康を配し宝暦6年(1756)から亘理倫篤が5千石で入り以降は亘理氏が明治維新まで支配します。佐沼城は平山城で高さは然程ありませんが迫川、酉の堂沼、鯛沼などが外掘とし本丸を囲むように深い内堀が配されています。現在も内堀の一部がコンクリートによって固められていますが残り、本丸の土塁などの遺構を見る事が出来ます。
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佐沼城(鹿ヶ城) |
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