川崎町・歴史・観光・見所

  宮城県:歴史・観光・見所>川崎町
国指定文化財
 ・ 五大堂
 ・ 陸奥国分寺
 ・ 高蔵寺阿弥陀堂
 ・ 仙台東照宮
 ・ 旧佐藤家住宅
 ・ 洞口家住宅
 ・ 旧中澤家住宅
 ・ 旧登米尋常小学校
 ・ 圓通院霊屋
 ・ 塩釜神社
 ・ 
宮城県指定文化財
 ・ 観瀾亭
 ・ 陽徳院
 ・ 白山神社
 ・ 覚乗寺高台院
 ・ 有壁本陣
 ・ 諏訪神社
 ・ 見龍院
 ・ 観音寺
 ・ 補陀寺
 ・ 亀岡八幡宮
 ・ 日吉山王神社
 ・ 伊達成実霊屋
 ・ 旧金成小学校
 ・ 熊野新宮社
 ・ 日枝神社
 ・ 茂庭家霊屋
 ・ 妙教寺
 ・ 旧登米警察署庁舎
 ・ 神明社(旧妙見宮)
 ・ 志波姫神社
 ・ 華足寺
 ・ 旧小関家住宅
 ・ 旧上戸沢検断屋敷
 ・ 
宮城県史跡・名勝
 ・ 多賀城跡
 ・ 黄金山産金遺跡
 ・ 仙台城跡
 ・ 旧有備館及び庭園
 ・  
 ・  
川崎町・歴史・観光・見所
川崎町概要: 川崎町は古くから陸奥国と出羽国を結ぶ街道が通る交通の要衝として重要視されてきた地域です。特に陸奥国の国府が置かれた多賀城と出羽国の国府が置かれた秋田城を最短で結んでいた為、龍雲寺には陸奥国司の壇(墓)と伝わる墓碑が建立されています。又、その関所とされる有耶無耶関では昔、鬼が住み旅人に悪さをしていたとされ、人間と好を通じていた霊鳥が鬼がいる時は「有耶」、いない時は「無耶」と鳴いて旅人や住民達に知らせていたと伝えられています。鎌倉時代以降は、源義経の家臣とされる菅原氏が土着し、砂金氏と性を変え長くこの地を支配します。砂金氏は室町時代中期に早から伊達家に従い、特に領地が接していた最上家との戦いに功があり一族と同等な格式を得ています。江戸時代に入り仙台藩が成立すると引き続き川崎領が任され当時の領主砂金実常は慶長13年(1608)から慶長15年(1610)にかけて川崎城を築城し城下町、領内の整備を行っています。が元禄15年(1702)、砂金重常に跡継ぎが無く砂金氏が断絶すると、伊達宗興(宮床伊達家)が入封、さらに享保7年(1722)に伊達村詮が川崎2千石の領主となり以後7代に渡りその後裔がこの地を支配しました。経済が活発になると山形城下と仙台城下を繋ぐ街道が重要視された為、江戸時代に入り改めて笹谷街道が整備され参勤交代で羽州街道が通行出来ない場合は当街道を利用しました。
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川崎町
川崎町:町並み 川崎町:町並み 川崎町:町並み 川崎町:町並み 川崎町:町並み
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川崎町:観光・見所
円福寺
円福寺
円福寺
龍雲寺
龍雲寺
龍雲寺
神明社
神明社
神明社
川崎要害
川崎要害
川崎要害
上楯城
上楯城
上楯城
釜房湖
釜房湖
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青根温泉
青根温泉
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峩々温泉
峩々温泉
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不帰の滝
不帰の滝
不帰の滝
振子の滝
振子の滝
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宮城県:歴史・観光・見所(ホーム)

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