石巻市: 零羊崎神社

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概要・歴史・観光・見所
零羊崎神社(石巻市)概要: 零羊崎神社は宮城県石巻市湊に鎮座している神社です。零羊崎神社は案内柱によると「延喜式神名帳にみえる、いわゆる延喜式内社で、牡鹿10座の筆頭である。祭神は、豊玉彦命。拝殿は江戸時代、牧山にあった長善寺(牧山観音)の遺構である。」とあります。境内は牧山山頂付近にあり石巻市街を一望出来る景勝地で牡鹿10座の筆頭の社地に相応しい場所です(ただし、真野村に鎮座する零羊崎神社も名神大社零羊崎神社を主張し江戸時代には争論となり幕府から真野村側に軍配を挙げています)。拝殿は長善寺の建物を使用している為寺院建築の名残が見られますが古建築で歴史が感じられます。零羊崎神社の創建は応神天皇2年(西暦271年)に勧請されたのが始まりとされ、平安時代に成立した「三大実録」には貞観元年(859)に従四位下に列した事が記載されています。伝承によると神功皇后の三韓征討の際、皇后の勝利に導いたとされる大神を祀る為に全国各地に神社が創建、その1社が当社とされ涸満瓊別神として陸奥國牡鹿郡龍巻山(後の牧山)に奉祭したと伝えられています(当初は真野村の未ヶ崎に鎭座し寛永年間:1624〜1645年に現在地(牧山)に遷座したとも?)。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に名神大社零羊崎神社は当社とされ、古くから牡鹿10座の筆頭の格式の高い神社として信仰を広げ、平安時代後期には奥州平泉(岩手県平泉町)の藤原清衡から神宝の奉納があり、中世は領主として長く当地を支配した葛西氏(石巻城の城主)から篤い庇護があり、江戸時代には仙台藩(宮城県仙台市:本城−仙台城)の藩主伊達家から社領5石が安堵されていました。

一方、延暦年間(782〜806)、延鎮により魔鬼山寺を開山、弘仁7年(816)坂上田村麻呂が東夷東征で当地まで進軍し魔鬼女を討ち滅ぼすと、祟りを恐れて観世音菩薩(牧山観音)を勧請し魔鬼女の菩提を弔い、慈覚大師円仁が中興し寺号を牧山寺に改め守護神として白山神社の祭神を勧請、信仰が広がると奥羽三観音(富山観音:松島町・箟峯観音:涌谷町・牧山観音:石巻市)の一つに数えられました。その後、牧山寺は万治年間(1658〜1660年)に栄存法印が再興した際に長禅寺に寺号を改めています。時代が下がると、零羊崎神社の社殿は祠程度となり、慈覚大師円仁が勧請した白山神社と混同し白山神社(鷲峰山長輝寺)と呼ばれるようになっていました。

明治時代初頭に発令された神仏分離令とその後に吹き荒れた廃物希釈運動により仏教色は一掃され、旧社号である零羊崎神社に復し明治7年(1873)に郷社に列しています。社宝が多く拝殿に掲げられた絵馬「大絵馬白馬の図」、「大絵馬黒馬の図」と扁額「鷲峰山長禅寺」、文化7年(1814)に建立された石造相輪塔、宝篋印塔が石巻市指定文化財に指定されています。零羊崎神社拝殿は木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、平入、桁行5間、正面一間向拝付き、外壁は真壁造り板張り、木部朱塗り。祭神:豊玉彦命。

零羊崎神社:写真

零羊崎神社
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