石巻市: 日高見神社

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概要・歴史・観光・見所
日高見神社(石巻市)概要: 日高見神社は案内板によると「「続日本記」によれば、宝亀11年(780)「百済王俊哲等が賊に囲まれ桃生・白河等の郡神11の社に祈る」がこの神社の初見で、桓武天皇の延暦21年(802)正五位上勲五等に叙し、続いて三代実録の貞観元年(859)の「陸奥国日高見水神に従四位下に授く」とあるので往古は北上川の河神ではなかったかと旧「桃生村誌」は記している。後冷泉天皇の康平歴年中(1058〜1069)、源義家が貞任討伐の折、神殿を造営して武内宿弥を併祀し、祭田を寄進した。社殿は、永正8年(1511)山内首藤、葛西の合戦の折、兵火に罹って焼失し、宝暦年間(1704〜1710)に再建された。現在の社殿は、拝殿・幣殿・本殿とも昭和45年に改築された神明造りである。延喜式内社奥州100座中・桃生郡6座の1つとして社格を誇り、古くから遠近の信仰も集めてきた日高見神社は、この100社中所在地も明確で郡内6座中の筆頭にある。 桃生町教育委員会 」とあります。

日高見神社の創建は不詳ですが景行天皇40年(西暦110)に日本武尊により勧請されたの始まりと伝えられています。伝承によると、当地で悪事を働く賊徒を掃討する為に日本武尊が上総から海路で陸奥国に上陸し、見事使命を果たすと皇祖天照大神を祭って武運長久を祈願したそうです。平安時代に編纂された日本三代実録には「陸奥国日高見水神」と記載されている事から、当初は北上川の河神として信仰されていた神社とされ、当時はこの地域は日高見国と呼ばれ、日高見川が転じて北上川になったとも云われています。格式が高く延暦21年(802)正五位上、貞観元年(859)に従四位下に列し、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳には式内社小社として記載されています。前九年合戦の兵火により社殿が焼失しましたが、乱が平定されると源頼義によって社殿が再建され社領が寄進されています。永正8年(1511)には石巻城の城主葛西宗清が桃生郡に侵攻し首藤貞通を破った兵火、天正19年(1591)には奥州仕置きで葛西家が改易となり、その遺臣による一揆(葛西大崎一揆)の兵火により社殿が焼失し衰微しました。宝暦年間(1704〜1710年)には再興を果たし、明治時代の神仏分離令を果て明治5年(1872)に郷社、明治40年(1907)に神饌幣帛料供進社に指定されています。境内に生えている「日高見神社のケヤキ」は推定樹齢約700年、樹高12m、幹周5.9mの大ケヤキで平成16年(2004)に石巻市(旧桃生町)指定天然記念物に指定されています。祭神:天照皇大神、天日別命。配神:日本武命、武内宿禰命。

日高見神社:写真

日高見神社
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