陸前浜街道: 坂元宿

  宮城県:歴史・観光・見所陸前浜街道>坂元宿(山元町)

概要・歴史・観光・見所
坂元宿(山元町)概要: 坂元宿(古くから地名は「坂本」と表記していましたが正保元年(1644)に町割を行った際に「坂元」に改称。)は陸前浜街道の宿場町と坂元要害の城下町として発展しました。道路が拡幅し町屋など古い建物が消滅した為、古い町並みは見られませんが枡形などの町割りが比較的残っています。坂元要害の本丸跡には坂元神社が鎮座し、付近の民家には要害の大手門や豊臣秀吉縁の茶室が移築されています。又、郊外には唐舟番所が築かれ幕末に外国船を監視する施設が築かれました。坂元要害の館主を歴任した大條氏は伊達宗遠(伊達家8代目当主)の2男宗行が伊達郡東大枝(福島県伊達市梁川町東大枝)のに配され大枝氏を称したのが始まりとされ、文禄2年(1593)に志田郡蟻ヶ袋(宮城県大崎市三本木町)に移封になった際に大條氏に改称しています。江戸時代当初は二日市城(岩手県陸前高田市気仙町二日市)の城主となりましたが、慶長18年(1613)に磐井郡大原(岩手県一関市)に移封となり、元和2年(1616)に坂元要害2千石の領主となっています。その後4千石まで加増され大條宗綱から道徳まで10代に渡り領主を歴任し坂元宿の開発に尽力しています。

坂元宿
坂元宿(山元町)
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